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りりのこと(3)

家には寅次郎がいました。

飼う? 里親探しする? 寅と上手くやっていけるだろうか。けれど里親探しなんて、子猫でもないりりに里親は見つかるのだろうか。すでにYさんは防御線を張っていました。

「まさか、飼うなんて言わないよね」
「二匹は嫌だからね」
「里親が見つからなかったら、結局飼うことになるから(里親探しが理由であっても家に入れるのは)嫌だ」


Yさんは寅のトイレを片づけたり、餌をやったり、散歩(といっても家の外階段ですが)に連れ出してやったりしてくれます。最初、私は、そのことに希望を持たずにはいられませんでした。Yさんの気持ちを無視するわけではありませんが、2匹いればお互いに遊ぶからかえって楽だ、などという話も人に聞き、説得する余地はあるかもしれないと思ったりもしたからです。

しかし、リリースはしない、里親探しをする方針を告げて「ごめんね」と私が謝ったとき、彼は私の手をはねのけるように言いました。



「おれとの関係において、そんな風に妥協しようとするのはやめてくれ。受け入れられない」



・・・・・・・・。



彼は、結婚して初めて、本気で怒っていました。
彼にとっては、どれほど寅が居心地よいようにしてやろうと、それは彼の物事に対する接し方、彼の感情に関係なく身に着いた丁寧さや優しさによるものであって、寅がいることが煩わしいことには変わりないことだったのです。この感覚の相違は、Yさんのいうとおり、私と彼との間に唯一ある火種でした。気を付けなれば、一瞬で私とYさんとの関係を損ねる問題でした。



頑固な、と言われるかもしれません。
Yさんに頼むことはできないと思っても、じゃあリリースします、と私には言えませんでした。しかし、真剣に里親探しをしなければならないと思いました。私の家はりりのホームとはなりえないことがはっきり分かっていました。



仕事場には私専用の仕事部屋があります。
ななに出入り自由にさせていましたから、あまり適当とも思えず、猫嫌いを公言する母もいましたから、選択肢の中に入れていませんでした。でも、ここにきて、他にはありませんでした。



りりを仕事部屋に住まわせ、できるだけ早く本当にりりをかわいがってくれる人を見つける。



数日後、私は母とYさんに言いました。
Yさんは、あっさり「家に連れてこない限り、君がどうしようと構わないよ」といいました。彼は思ったことしか言いませんから、これは彼の本心としてありがたく受け取りました。
逆に母は渋い顔をしていましたが、自分が断れば私が困ることを知っていました。親とはありがたい、いいものです。

こんな風に、物事は決定しました。


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食べ終わったりり。なんだかちょっと猛々しい顔ですが、このときは人がそばを通っていて警戒していたのです)








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りりのこと(2)

不妊手術については、かなり早い段階から考えていました。


どうやって、捕まえよう・・・・・?


りりが私を認識して餌をねだるといっても、そもそもが野良猫。食べている間は、餌に夢中なので身体に触ることも出来ますが、食べ終わってしまえばまったく隙がありません。人に聞いたり、調べたり。どんなふうにするのが最も穏便か、色々検討し始めました。




その一方で友情を構築。
りりが威嚇すれば手を引っ込めて落ち着くのを待ち、じっとしていました。彼女はやがて、食べ終わると満足そうに近くの壁に体をすりすりしながらゴロゴロと言うようになりました。そしてある日、私の足にすりすりしようとして、はっとしたように身を引いたのです。


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おっといけない、危うく人間にすりすりしちゃうとこだったわ




まるでそういって自制したようでした。




9月のある日、ある団体さんから、不妊手術に連れていくための籠が手元に届きました。あとは捕まえて病院に連れていくだけ。その段階になって、すこし迷いが出てきました。当初、不妊手術だけしてリリースしようと思っていたのですが、リリースしたあと、私はいままでどおり、餌をやっていくだけでいいのだろうかと思い始めたのです。



多分、私は野良猫の世話には向いていません。
雨が降れば大丈夫かなと心配し、寒くなれば風邪を引かないかなと心配する、その状態で野良猫に餌だけをやって心の平安はおとづれようがないのです。


すでにりりは、テリトリーをできるだけ私の家の近くに移していました。私の家には別の猫がテリトリーを持っているらしく、りり一匹では家のそばには近寄りません。それで、私の帰りが遅いと、隠れ家の車の下から出て道路の側にちょこんと座り、私の迎えを待つようになっていました。私を見つけると駆け寄ってきて家の前まで歩いてきて(というのも他人の家の前で餌をやるのはいくらなんでも失礼だろうと思ったので、早いうちからそのようにしていたのですが)そこで、食べるのです。


私の前を先導するように歩きながら「早く、早く」と言わんばかりに鳴くりり。ネットでは人慣れした野良猫の虐待の話なども聞いたりして、かえってりりにかわいそうなことをしたと思わずにはいられませんでした。私は慣れさせてはいけなかったのです。そもそも餌をやるべきではありませんでした。




どうしよう。この子を飼う・・・・?




漠然と、リリースせずに人間とともに生きる方法を考え始めていました。

りりのこと(1)

夏の夕暮れ、自宅に向かって歩いていた時にりりと出あいました。
縁石の上をまっすぐ、呟くように、にゃんにゃん鳴きながら歩いてきたのです。
すれ違う時、声をかけました。


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どうしたの? おなか、すいちゃったの?


りりは、ちらっとこちらを見てにゃんにゃんといいながら2,3歩進んで縁石の上にすわりました。


困ったわねえ、今、なにも持っていないのよ。ごめんね。


私は、ちょっとためらって、それからまた歩き出しました。帰宅してYさんに「かわいいのがいるから、ちょっと、餌をやってくる」と言い残して寅の餌のはいった缶を手に外に出ました。


まだいるかな・・・・?

りりはさらに少し、5メートルばかり進んだところのあるお宅の玄関前にいました。私と餌缶をみるなり寄ってきました。餌だとすぐ分かったようでした。



彼女が食べるのをみながら、観察しました。



最初、まだ子猫・・・と思っていたのですが、顔立ちや動きからいっても成猫と思われること。まだまだ毛皮が美しいので、若いねこらしいこと。体長が寅の2/3に満たない小柄な猫であること。この辺では見たことのない猫であること。最後にひと匙、置いてやってそれを食べる間に帰宅して、Yさんに話をして終了。一度こっきりの餌やりだったのです。


4,5日して、雨の日の遅い時間に、彼女がとあるアパートの前で雨やどりしているのを見かけました。


あら、元気だった?


にゃんにゃん。



また急いで帰宅して、缶を持って食料援助。体の周りを蚊がぶんぶん飛んでいました。りりは、食べ終わったあとにしげしげと私の顔を見ていました。そしてその日以降、彼女は私を見かけると隠れ場所から出て来るようになったのです。





寅次郎のこと

昨年のゴールデンウィークの前だったでしょうか、夜遅い時間に帰宅中、広い駐車場で笛の音を聞きました。
最初、近所の子供が吹いているのだと思って通りすぎた所で、あれ??? 待てよ???

不安になって引き返して笛の正体を発見。
ふたの開いたダンボール箱にタオルハンカチ一枚と仔猫。

それが寅次郎でした。
体重は140グラム。まだ生後10日ばかりで、目は開いていましたが、まだまだ見えてなくて、姿は耳としっぽの生えた大きな毛虫のようでした。

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(来てまもなくの寅)



連れ合いのYさんは、しかし、ペットを飼うのはもともと苦手な方です。動物そのものは好きで、よそのペットや野良猫には優しくするのですが、ペットをかうこととそれに伴う責任や行動の制約が嫌なようで、結婚前から私のペット好きにたいしても「ペットよりももっと人間を愛しなさいよ」と言い続けていました。「君と決定的に相容れない要因があるとしたら、それはペットについての意見の相違だね」とも言われました。


なので、寅次郎にも当初、里親を見つける予定だったのです。


とはいえ、4時間起きにミルクをやらなくてはならない仔猫を貰ってくれる人はいません。結局、一ヶ月ほど世話する内に、彼も仕方がないと思ったらしく「控えめな居候になるなら」という条件で我が家に迎え入れることを許してくれました。



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(Yさんの腕のあいだに収まる寅 生後3ヶ月頃です)



控えめな居候?


いえいえ。寅は、とても活発ないたずらっ子に育ちました。



でも、どうでしょう。私が、ななのように叱られれば耳がしおれてしゅんとなる子を見慣れているからこそ、そう思うのかもしれません。寅は、いたずらしているところを見つかると、反省するどころか大あわてで逃げていきます。

それくらいなら、笑って許せるのですが、叱られると
「なんだいっ、なんだいっ! おばちゃんなんか、大っきらいだあああ
と逆ギレするのにはどう接したらいいのかわからず、最初の1年ほどは私の腕とくるぶしは彼の噛み跡と爪でキックされた跡で一杯でした。


結局、Yさんは、とうてい控えめとはいえない性格の寅との共同生活に突入せざるを得ませんでした。


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(最近の寅)



今、彼は理由なく私の腕を噛んだりしません。
いえ、これも、私が猫への接し方や顔の表情では分からない猫の感情の読みとり方を経験からすこし学んだせいでしょうか。彼が怒るとき、なんらかの理由が、彼なりの理由があるらしいと分かるようになったことは大きな進歩でした。


しかし、Yさんとの間には奇妙な一線ができました。明らかに彼の、私に対する態度とYさんに対する態度は違っています。Yさんにとって猫は興味の対象外なのと同様、寅にとってもYさんは興味の対象外なのだと思います。

ななのこと

実家では、私が幼い頃から絶え間なく犬を飼い続けています。

ななはその4代目。3代目のチワワのかんなが17歳で逝ったあとに迎え入れました。かんなと母の結びつきはとても強いものでしたから、次の子を迎え入れるのは、母のタイミングをよく見なければなりませんでした。
けれど、同時に、犬と共に暮らすことでどれほど心がなぐさめられ、生活全体が潤うことか、母はよく知っていました。


母は思い出を語り、泣いたり笑ったりしながら、少しずつペットロスから浮上していきました。そしてかんなが逝った3ヶ月後、ななを迎え入れたのです。



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(なな 2007.11)




9月7日生まれだからななと名付けられた子犬は、活発な子。年寄りで穏やかな性格のかんなに慣れていた母には手に負えなくて、「この子の相手はできない」と嘆いたものですが、ななも少しずつ成長していきます。本質の甘えん坊で優しい性格はそのままに、すこしKYで気ままな内弁慶に育ちました。





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(なな 2008.9)




今は私の仕事場でもあり母の居宅でもある家に、母の専属介護福祉士ルームメートとして、母と一緒に暮らしています。ウィークデイの間、私が行くと大はしゃぎで仕事部屋までやってきて、ひととおり相手をしてやらなくては解放してくれません。




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(KYなな 2010.9 内弁慶で甘えん坊。 なにより、自分を一番に可愛がってくれなきゃ嫌な性格)



さて、母。


もともと犬派の人なのですが、実は大変な猫嫌い・・・・ 
実はちょっと、それが私の悩みの種なのです・・・。



プロフィール

ぷり

Author:ぷり
とら(キジトラ猫)を生後10日ほどで保護し、その1年後にさまようおとな猫のりり(きじとら猫)を保護。
 
ペットに関して、決してつれあいのYさんと意見が一致しているわけではないけれど、保護したこの猫たちと、仕事場で母と暮らすロンチーのななは、大切な家族です。

きょうも3匹の幸せな生活を目指して頑張りま~す。

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